物件怪異奇譚~年末外伝~
2025年12月27日
🧻『物件怪異奇譚・年末外伝』
――年内対応、不可。
年末というのは、世の中が一斉に「無理をする」季節である。
普段なら三日かけてやることを一日でやり、
来年でもいいことを今日やり、
やらなくてもいいことまで「今年のうちに」と言い出す。
不動産屋にとって、年末は敵だ。
「主任、また来ました」
「何だ」
「“年内に何とかしてほしい”です」
「無理だな」
「ですよね」
クレーム内容は単純だった。
《トイレットペーパーが減らない》
「……は?」
「減らないそうです」
「使ってるのに?」
「はい。使っても、翌朝には元の長さに戻る」
鈴木主任は、みかんを一房食べてから言った。
「年末だな」
「年末で片付く話ですかそれ」
「片付かないから年末なんだ」
現場は築二十年のアパート。
一人暮らしの女性が、深刻な顔でトイレを指差した。
「見てください」
確かに、ペーパーは新品のように巻かれている。
「昨日の夜、確実に三分の一は使いました」
「三分の一……」
「お腹、壊してたので」
「情報ありがとうございます」
アコムは恐る恐るペーパーを引いた。
普通に伸びる。
普通に切れる。
「……普通ですね」
「今はな」
翌朝、確認すると、元に戻っていた。
「主任、これ……怪異ですよね?」
「いや」
「違うんですか?」
「年末だ」
鈴木主任は、トイレの壁に貼られたカレンダーを見た。
三十一日が赤丸で囲まれている。
「このトイレ、“年内に使い切れない”仕様だ」
「何の仕様ですか」
「節約」
次の現場では、もっとひどかった。
《洗剤が減らない》
《ゴミ袋が増える》
《掃除しても、掃除前になる》
「主任、これもう怪異のデパートですよ」
「違う。“年末在庫調整”だ」
鈴木は言い切った。
「年末は、物が“来年に持ち越されること”を嫌がる」
「嫌がる?」
「だから無理に消費されないよう、抵抗する」
「トイレットペーパーが?」
「トイレットペーパーもだ」
その夜、事務所で確認していると、
備品棚のペーパーが、勝手に一本増えた。
「主任、増えてます」
「補充だな」
「誰が」
「年末」
鈴木主任は、ホワイトボードに太字で書いた。
《年末注意事項
・減らない
・捨てられない
・終わらない》
文字は、なぜか翌日まで消えなかった。
決定的だったのは、大晦日の夕方だ。
管理物件の一室から、緊急連絡。
「すみません、年越しそばが……」
「どうしました」
「食べても減りません」
急行すると、テーブルの上には鍋。
確かに、箸を入れても麺が減らない。
「主任、これはさすがに……」
「これは完全に年末だ」
鈴木は鍋に向かって言った。
「今年はここまでだ」
その瞬間、
麺が一気に減った。
「……え」
「区切りを与えただけだ」
「じゃあ今までの怪異も?」
「全部“区切り不足”だ」
鈴木は腕を組んで言った。
「年末というのは、“終わらせたい人間”と
“終わりたくない物”の戦争だ」
「完全に物が勝ってますよね」
「毎年な」
年が明けた瞬間、
すべては嘘のように収まった。
トイレットペーパーは減り、
洗剤は無くなり、
ゴミ袋は増えなくなった。
ただ一つだけ、残ったものがある。
事務所の備品棚。
トイレットペーパーが、一本多い。
「主任、これ……」
「触るな」
「え?」
「来年分だ」
鈴木主任は、みかんを剥きながら言った。
「年末はな、
終わらせるな。
年を越させろ」
ホワイトボードの注意書きは、
いつの間にかこう書き換わっていた。
《年末対応:不可》
誰が書いたのかは、分からない。
(了)
