三世代カオス株式会社 第三話

2026年06月09日

三世代カオス株式会社

第三話「残業は愛である(らしい)」

 

午後六時。定時のチャイムが鳴った。

春日くんは、椅子から立ち上がった。

バッグを持った。

コートを着た。

春日「お疲れ様でした。失礼します」

ゴンゾウが顔を上げた。時計を見た。六時〇〇分。ぴったり。

その目に、言いようのない哀愁が宿った。

ゴンゾウ「……もう帰るのか」

春日「定時です」

ゴンゾウ「俺が若い頃はな、定時で帰るやつは『やる気がない』と思われたもんだ」

春日「それ、労働基準法的にアウトですよね」

ゴンゾウ「法律の話じゃない! 気持ちの話だ!」

春日「気持ちより法律のほうが強いので」

春日くんはそのまま、迷いなく退場した。

ゴンゾウは虚空を見つめた。何かが、また崩れた。

アコムは、自分の仕事が残り三十分分あることを確認しながら、嵐が過ぎるのをじっと待っていた。

ゴンゾウ「アコム、お前はどう思う」

アコム「……どうって、何をですか」

ゴンゾウ「残業だよ。若い頃、俺は毎日終電まで働いたぞ。それが愛社精神ってもんじゃないか」

アコム「……あの、部長」

ゴンゾウ「なんだ」

アコム「私も、できれば定時で帰りたいんですよね」

ゴンゾウの目が、わずかに揺れた。

ゴンゾウ「……お前もか」

アコム「でも、部長が残ってると帰りづらくて……結果、毎日二時間くらい残ってます」

ゴンゾウ「……そうか。俺のせいか」

アコム「そうです」

沈黙。

ゴンゾウは少し考えた。眉間のしわが、珍しく和らいだ。

ゴンゾウ「……じゃあ、今日は早く帰っていいぞ」

アコム「本当ですか?!」

ゴンゾウ「ただし、明日の朝イチで田村さんへのフォローの電話を入れること。いいな」

アコム「……田村さん、LINE希望なんですけど」

ゴンゾウ「電話だ」

アコム「……はい」

アコムはバッグを持った。コートを着た。

やっと帰れる——そう思った瞬間。

ゴンゾウ「アコム、帰る前にちょっといいか。来月の物件資料の件なんだが」

時計は六時五十八分を指していた。

アコムは、コートを脱いだ。

バッグを、椅子に戻した。

そして静かに、しかし確実に、崩れていった。

アコム「理不尽ナリー(´;ω;`)」

※その日アコムが帰宅したのは午後九時十五分だった。春日くんはその頃、友達とタピオカを飲んでいた。

── 第三話 了 ──

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