カオス株式会社 第二話

2026年06月02日

その日、新しい取引先・山本商事の担当者・田所さんが挨拶に来た。

応接室。緊張感が漂う中、田所さんが名刺を差し出した。

ゴンゾウ部長は、両手で恭しく受け取った。まるで聖遺物を扱うように。

ゴンゾウ「いただきます」

深々と一礼。名刺をテーブルの上に、定規で測ったように真っ直ぐ置く。その所作は、もはや儀式だった。

田所さんが次に春日くんを向いた。

春日くんは、スマートフォンを取り出した。

春日「あ、名刺交換ってQRコードでいいですか? Sansan入れてるんで、読み取るだけで管理できるんで」

応接室の空気が、凍った。

ゴンゾウの眉間に、昭和の地層が積み重なっていく音がした。

ゴンゾウ「……春日」

春日「はい」

ゴンゾウ「名刺交換というのはな、相手への敬意を示す行為だ。両手で受け取って、すぐしまわず、会話中は必ずテーブルに出しておく。これが社会人の基本だ」

春日「でもデータ管理のほうが絶対効率いいじゃないですか。紙ってなくすし」

ゴンゾウ「効率の問題じゃない! 心の問題だ!」

田所さんは愛想笑いを浮かべながら、どちらに名刺を渡すべきか分からず、宙に浮かせたまま固まっていた。

アコムが素早く立ち上がり、田所さんから名刺を両手で受け取った。

アコム「頂戴します。田所さん、弊社の名刺もどうぞ」

完璧な所作だった。ゴンゾウが満足そうに頷く。

場が落ち着いたところで、田所さんが去った後——。

ゴンゾウ「アコム、やっぱお前は分かってるな。名刺はな、その人の顔なんだ。大事にしまえよ」

アコム「……あ、はい。(Sansanで読み取ってから引き出しにしまいますけどね)」

ゴンゾウ「なんか言ったか?」

アコム「いいえ、何も」

春日くんが納得いかない顔でアコムに耳打ちした。

春日(小声で)「アコムさん、なんで部長に合わせるんですか。あんなの完全に非効率じゃないですか」

アコム(小声で)「……お客さんの前でQRコード出す勇気はないんだよ私には」

春日「え、なんで? 合理的じゃないですか」

アコム「合理的かどうかより、その場の空気を読む能力ってもんがあるんだよ……」

春日「空気……? 数値化できない概念ですね」

アコムは深く、深く、息を吸った。

上には昭和の巨大な壁。下には令和の論理の刃。

ミレニアルとはこうして、毎日すり減っていく。

アコム「理不尽ナリー(´;ω;`)」

※田所さんはその後、Sansanのアプリを春日くんから勧められ、こっそりインストールした。アコムにだけ教えてくれた。

── 第二話 了 ──

 

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