――ゴンゾウ、新大久保に連れていかれる
2026年04月07日
『鈴木ゴンゾウの日常』
――ゴンゾウ、新大久保に連れていかれる
鈴木ゴンゾウが新大久保に降りたのは、
人生で初めてだった。
「ゴンゾウさん、
今日は任せてください!」
そう言ったのは、
後輩の女性社員・ミナだった。
「……何をだ」
「今の“流行”です」
改札を出た瞬間、
ゴンゾウは立ち止まった。
色が多い。
音が多い。
人が多い。
すべてが、
主張している。
(……落ち着かんな)
看板。
ネオン。
ポスター。
知らない顔が、
大量に並んでいる。
「これ全部、アイドルです!」
「……そうか」
同じ顔に見えるとは、言わなかった。
最初に入ったのは、
韓流ショップだった。
中はさらに派手だった。
ピンク。
水色。
光る文字。
そして、
大量のグッズ。
「これ見てください!」
ミナが手に取ったのは、
アクリルスタンドだった。
「……これは何だ」
「推しです!」
「……人ではないな」
「人です!」
ゴンゾウは、
透明な板を見た。
確かに人は写っている。
だが、
触れない。
「……実体がない」
「それがいいんです!」
ゴンゾウは考えた。
(実体がないものを、
持つとはどういうことだ)
次の店。
壁一面、
アイドルの写真。
音楽が流れている。
「この曲、
今バズってるんです!」
ミナが体を揺らす。
ゴンゾウは、
動かなかった。
「……覚えるのか」
「はい!」
「……全員分かるのか」
「分かります!」
ゴンゾウは、
素直に感心した。
(……記憶力だな)
さらに奥へ。
カフェに入る。
ドリンクに、
顔が印刷されている。
「……これは飲むのか」
「飲みます!」
「……顔をか」
「違います!」
ゴンゾウはストローを持った。
一瞬、止まる。
そして、飲む。
「……甘いな」
「推しドリンクです!」
「……そうか」
甘さの理由は、
分からなかった。
しばらく歩いた後、
ゴンゾウは言った。
「……忙しいな」
「え?」
「全部が、
強い」
色も、音も、感情も。
昔の店は、
もう少し静かだった。
選ぶ余白があった。
ここには、
余白がない。
「でも楽しくないですか?」
ミナが聞く。
ゴンゾウは少し考えた。
「……楽しい、というより」
「はい」
「……疲れる」
ミナは笑った。
「それ、初めて来た人あるあるです」
帰り道。
少し人通りが減った場所で、
ゴンゾウは立ち止まった。
「……一つ聞いていいか」
「はい!」
「なぜ、これが好きなんだ」
ミナは少し考えて、言った。
「……元気になるからです」
シンプルだった。
「仕事とか、
疲れるじゃないですか」
「……そうだな」
「でも、
これ見ると、
ちょっと元気出るんです」
ゴンゾウは、
少しだけ理解した。
(……それは、同じだ)
昔は酒だった。
今は、これだ。
方法が違うだけだ。
駅に戻る。
さっきの騒がしさが、
少しだけ遠く感じる。
「ゴンゾウさん、
どうでした?」
「……分からないことが多い」
「ですよね」
「だが」
ゴンゾウは言った。
「否定するほどでもない」
ミナが少し驚いた顔をした。
「ほんとですか?」
「……元気になるなら、
いい」
それが結論だった。
帰りの電車。
ゴンゾウは思った。
時代は変わる。
好きの形も変わる。
だが、
人間が求めているものは、
あまり変わらない。
「……なるほどな」
スマホに、
さっきの店の写真が残っている。
消さなかった。
理由は分からない。
ただ、
残しておいてもいい気がした。
(了)
