三世代カオス株式会社 第五話

2026年06月23日

木曜日の午後三時。ゴンゾウ部長が、満面の笑みで立ち上がった。

営業部に、緊張が走った。

ゴンゾウの「満面の笑み」は、だいたい何かの前兆だった。

ゴンゾウ「今月は数字も上がったしな! 今夜、飲み会やるぞ! 任意参加だが、全員来い!」

アコムは「任意参加だが全員来い」という日本語の矛盾を、瞬時に処理した。これは長年の訓練の賜物だった。

春日くんが、手を挙げた。

春日「あの、任意ですよね?」

ゴンゾウ「任意だ」

春日「じゃあ私、遠慮します。木曜は推しのライブ配信があるんで」

静寂。

ゴンゾウの「満面の笑み」が、ゆっくりと、しかし確実に崩れていった。

ゴンゾウ「……推しのライブ配信」

春日「はい。チケット代払ってるんで」

ゴンゾウ「飲み会より配信のほうが大事なのか」

春日「優先度としてはそうなります」

ゴンゾウ「……優先度」

ゴンゾウが、アコムを見た。助けを求める目だった。

アコムは深呼吸をした。

アコム「春日くん、今回は参加してみない? チームの親睦を深める機会でもあるし」

春日「親睦って、業務時間外に強制されるものですか?」

アコム「強制じゃなくて……」

春日「部長は『全員来い』と言いましたよね。任意なのに全員来いって、それ任意じゃないっすよね」

アコム「……(正論すぎる)」

ゴンゾウが咳払いをした。

ゴンゾウ「まあ……確かに任意だ。来たい者だけ来い」

春日「ありがとうございます。では失礼します」

春日くんは定時ちょうどに帰っていった。

その背中を見送りながら、ゴンゾウが呟いた。

ゴンゾウ「……推しって何だ」

アコム「応援してるアイドルとかアーティストとか……好きな対象全般のことです」

ゴンゾウ「俺の若い頃で言うと何だ」

アコム「……松田聖子さんとか、でしょうか」

ゴンゾウ「聖子ちゃんは別格だ」

アコム「それが『推し』です」

ゴンゾウ「……そうか。なら春日の気持ちも、分からんでもないな」

ゴンゾウが少し丸くなった瞬間だった。

結局その夜、飲み会にはゴンゾウとアコムの二人だけが参加した。

居酒屋の座敷で、ゴンゾウは延々と昭和の武勇伝を語り、アコムはひたすら相槌を打ち続けた。二時間半。

帰り道、アコムはスマートフォンを取り出した。春日くんにLINEを送った。

アコム「ライブ配信、どうだった?」

春日「最高でした! アコムさんも来ればよかったのに」

アコム「……(私には来られない理由があるんだよ)」

アコムは夜道を歩きながら、静かに、しかし魂の底から呟いた。

アコム「理不尽ナリー(´;ω;`)」

※翌朝、ゴンゾウ部長は春日くんに「昨日はゆっくりできたか?」と声をかけた。春日くんは「おかげさまで最高でした」と答えた。ゴンゾウは満足そうだった。アコムだけが知っている。

── 第五話 了 ──

1