第4話:溢れるクリームパスタと溢れる想い
2026年05月19日
第4話:溢れるクリームパスタと溢れる想い
太田のからっ風が少し和らいだ昼下がり。 不動産屋「メディアフェイス」の営業車であるプリウスの助手席が、俺、鈴木ゴンゾウの100kgの巨体で大きく沈み込んでいる。 後部座席には、都会から移住を考えているという女性客のユミ。洗練されたファッションに身を包んだ、少しアンニュイな雰囲気の美女だ。 運転席では、後輩の武富士アコムがワイシャツの袖をまくり、無駄に隆起した上腕二頭筋を見せつけながらハンドルを握っている。
「ユミさん! 今の物件、日当たり最高でしたよね! 朝日を浴びながらのプロテインは筋肉に一番効くんです!」 「ええ、そうですね……。でも、鈴木さんが教えてくれた『スバルの工場付近は交代時間に道が混む』って情報、すごく助かりました」 ユミの熱を帯びた視線は、ルームミラー越しに俺へと注がれている。なぜだか昔から、俺は女にモテる。65歳、酒もタバコも博打もやる昭和の残党だというのに。
「さて、午前中の案内はこれで終わりだ。一度店に戻るか」 俺が言うと、ユミが少し頬を赤らめて身を乗り出した。 「あの、鈴木さん。もしよければ……このあと一緒にランチでもいかがですか? もちろん、私にご馳走させてください」
「ランチですか! いいですね!」 アコムが食い気味に反応する。 「俺、ちょうど良質なタンパク質を欲してたんですよ! 近くに美味しい赤身肉の店が——」 「鈴木さんは、どんなお店がお好きですか?」 ユミに完全に言葉を遮られ、アコムがピタッと固まった。
「……お嬢さん。太田のランチを舐めちゃいけない。美味くて量が多い店ばかりだ。覚悟はいいか?」 俺がニヤリと笑うと、ユミは嬉しそうに頷いた。
向かったのは、太田市新野町にある『ダイニング&カフェ 橙(だいだい)』だ。 太田で絶大な人気を誇るイタリアン・ミヤシタグループの店舗で、広い駐車場にはいつも車が停まっている大人気の隠れ家レストランである。 「うわぁ、オシャレな空間ですね!」 店内は半個室やお座敷などがあり、ゆったりとした時間が流れている。
俺たちはタッチパネルで注文を済ませた。 やがて運ばれてきたのは、アコムが頼んだサラダと、俺が頼んだ『海の幸のペペロンチーノ』、そしてユミが頼んだ『クリームパスタ』だ。
「す、すごいボリューム……!」 ユミが目を丸くする。どんぶりほどの深いお皿になみなみと注がれたクリームパスタは、今にも溢れ出しそうだ。 俺のペペロンチーノも、ムール貝やあさり、タコがこれでもかとゴロゴロ入っている。 俺は100kgの巨体を揺らしながら、太田高校から都内の一流大学を出た繊細な手つきでフォークを操り、ペペロンチーノを上品かつ豪快に啜った。
「美味しい……! スープが濃厚で、でも全然重くなくて……」 ユミもクリームパスタを頬張り、満面の笑みを浮かべる。 「そうだろ。太田は焼きそばだけじゃない。パスタだって美味いんだ」 俺がそう言って、ユミの口元に少しついたクリームを紙ナプキンでそっと指差すと、彼女は「あっ……」と顔を真っ赤にして俯いた。
「鈴木さんって……すごく物知りで、豪快なのにエスコートが自然で……大人の余裕があって素敵です……ポッ」 完全に、ユミの目はハートマークになっていた。 俺はただパスタを食っているだけなのに、またモテてしまった。
「……おかしい」 向かいの席で、ヘルシーなサラダをかじっていたアコムがわなわなと震えだした。 「俺の方が絶対シュッとしてるし! 大胸筋だってピクピク動かせるのに! なんでランチのパスタひとつで先輩に持っていかれるんですか!!」 店内に響き渡りそうな声で、アコムが叫ぶ。
「…… 理不尽ナリー!! 」
太田のからっ風に負けない後輩の悲痛な叫びを聞きながら、俺は食後のドリンクを静かに傾けた。
