第2話:イオンで迷子とデート

2026年05月05日

『太田で、恋してもいいですか。』

第2話:イオンで迷子とデート

 三月の土曜、風はまだ冷たい。
 けれど太陽だけはすっかり春で、道路に残った冬の埃を強い光で洗い出していた。

「今日はどこに行くんです?」
 後輩の美咲が、マスク越しに声を弾ませる。
「……イオンだ」
「え、イオン? イオンモール太田ですか?」
「他にイオンはない」

 美咲は笑った。「休日にイオンでデート、って SNS で“あるある”ネタになってるらしいですよ」
「デートではない」
「じゃあ何です?」
「昼飯と買い物だ」
「――昭和ですねぇ」

 

1 広すぎるフードコート

 バスを降り、巨大なファサードの前で美咲が小さく歓声を上げた。
 あちこちに貼られた POP はパステルカラー、スピーカーからは K-POP が流れ、若者と家族連れが入り混じる。
 店の数は多すぎて看板が重なり合い、遠くを見ようとすると文字の洪水で目が泳いだ。

「まずはフードコート行きましょう。おなか空きました」
「店は決めてあるのか」
「まだです! 選ぶとこから楽しいんですよ」

 フードコートに足を踏み入れた瞬間、各国の匂いが同時に鼻を刺す。たこ焼き、唐揚げ、タイ料理、クレープ、スパイスカレー――。
 ゴンゾウは思わず立ち止まり、空気を一度に吸い込む。
「……混ざりすぎだ」
「全部食べましょう!」
「人間の胃は一つだ」
「半分こにすれば二つ分です!」

 勢いに押され、鶏白湯ラーメンと韓国式ホットドッグ、そしてタピオカ黒糖ラテまで列に並ぶことになった。
 番号札をつかんで席に戻る途中、ごちゃ混ぜの匂いにクラクラする。
「食堂でラーメン頼んだあと、うどんを追加する客はいなかった」
「ここ令和なんで!」

 

2 タピオカと焼き鳥の論争

 テーブルに料理が揃うと、美咲はスマホを構えた。
 ラーメンの湯気、ホットドッグの伸びるチーズ、ドリンクの黒糖が層を作る――「映え」要素が満載だ。
「ちょっと待ってください、撮影タイムです」
「冷める」
「温度よりエモさです。笑ってください」
 無理に上げられる口角。
「……筋肉がつる」
「はい OK! うわ、ゴンゾウさん表情カタすぎて逆に可愛い」

 写真完了の合図でゴンゾウはレンゲを掴む。
 スープは想像したより濃厚で、柚子胡椒が後から追いかけてきた。悪くない。
 ホットドッグの衣は甘く、チーズは糸を引き、口の中を火傷しそうだ。
 そしてタピオカ――。
 太いストローを突き刺し、一気に吸う。柔らかい黒糖の甘さと、謎のモチモチ弾力。

「飲み物に固形物は不要だ」
「昭和! そのツッコミ最高です」
「褒められているのか?」
「もちろん。バズワードですよ、“飲み物に固形物不要おじさん”。TikTok で流行りそう」

 ゴンゾウは首をかしげる。
 美咲はストローをくわえたまま頬をふくらませ、黒糖ラテのカップを回した。
「でも美味しいって顔してます」
「甘さで舌が誤魔化されている」
「誤魔化されるのも幸せですよ?」

 十分後、二人のトレーは完食。
 胃袋は悲鳴を上げ、ゴンゾウはコーヒーを求めて徘徊する羽目になった。

 

3 雑貨とプラモデル

 食後の散歩がてら専門店街を歩くと、美咲が目を輝かせるコーナーがあった。
 韓国発のカラフルな文具、デザイン雑貨、推し活グッズ――全てがパステルとネオンの世界。
「これ! 推しのペンライトケース、色が最高」
「何に使う」
「ライブで振るんです」
「光る棒を振るのか」
「はい! あ、ゴンゾウさんこっちは?」

 その隣にはプラモデル専門店。
 箱を覗けば旧キットの文字、茶色く退色しかけたロゴ。
 手に取る古い戦闘機の 1/72 スケール、価格は三十年前と変わらない。
「子どもの頃、これを小遣い全部で買った」
「え、ゴンゾウさん可愛い」
「可愛くはない」
「逆にエモいです」

 店を出る頃、美咲の手には推しペンライトケース、ゴンゾウの手には古いプラモ。
「お互い、欲望には勝てませんね」
「物には歴史がある」
「それが昭和!」

 

4 喧嘩と和解は唐揚げ売り場で

 日用品エリアを歩いている最中、BGM が突然昭和歌謡のカバー曲に切り替わった。
 哀愁あるサックスに、打ち込みのビート。
「オリジナルの方がいい」
「いや、今はこれがトレンドです」
「曲の魂が消える」
「アップデートですよ!」
「改悪だ」
「偏見!」

 言葉が強くなり、足が止まった。
 周りの客が振り向く。唐揚げの量り売りコーナー、プリプリの鶏肉が並ぶケースを挟んで無言。

 美咲が顔を上げた。
「……ごめんなさい。楽しく買い物するはずが」
「いや、こちらこそ言い過ぎた」
 ゴンゾウは唐揚げをトングで掴む。「腹が立つと、味で黙らせたくなる」
「食べ物で解決? 昭和すぎ」
「油は裏切らない」
 二人で同じ袋に唐揚げを放り込む。醤油の香りが立ち上り、揚げたての湯気で眼鏡が曇った。

 

5 夜の駐車場、ビール缶と星

 買い物を済ませ、駐車場横のベンチに腰掛ける。
 紙袋の唐揚げ、二本の缶ビール(一つはノンアル)。
「さっき喧嘩したのに乾杯?」
「喧嘩したから乾杯だ」
 缶が鳴る。

 唐揚げは外がカリカリで、中はじゅわっと肉汁。
 口の中の温度が落ち着く頃、空が淡く群青に変わっていた。
 立体駐車場の外灯が点き、遠くで踏切の警笛が鳴る。

「太田って、空が広いですね」
「遮るものが少ないからだ」
「それ、ちょっと好きかも」

 沈黙。
 でも、もう気まずくはなかった。
 ノンアルビールを飲む美咲の横顔が、缶の反射でわずかに光る。

 ゴンゾウはポケットの中で、さっき買ったプラモデルの箱を指で叩く。
 次の休みの日、久しぶりにニッパーを握るだろう。
 誰にも見せない趣味。
 けれど今夜は、それを美咲に知られても悪くない気がした。

「また来ます?」
「……腹が減ったらな」
「じゃあ毎週ですね」

 ビールの泡が小さくはじけ、夜風に乗って唐揚げの残り香が流れた。

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