ゴンゾウ、「飲み会文化」を否定される
2026年03月31日
『鈴木ゴンゾウの日常』
――ゴンゾウ、飲み会を提案する
鈴木ゴンゾウは、
仕事の後に飲むのは、
ごく自然な流れだと思っていた。
理由は単純だ。
仕事の話は、
仕事中には終わらない。
だから、
仕事の後に話す。
それだけのことだ。
その日も、
案件が一つ区切りを迎えた。
「……よし」
ゴンゾウは立ち上がった。
「今日は飲むか」
静かに言ったつもりだったが、
事務所の空気が一瞬止まった。
若手の一人が、
ゆっくり顔を上げた。
「……え?」
「飲み会だ」
「……今日ですか?」
「今日だ」
ゴンゾウにとって、
飲み会とは“今”やるものだった。
理由があるうちにやる。
それが自然だ。
アコムが言った。
「ゴンゾウさん、
今日ちょっと予定が……」
「何だ」
「ジムです」
「……明日でいいだろう」
「いや、
今日なんです」
ゴンゾウは考えた。
ジムは、逃げない。
だが、
この空気は今しかない。
「……飲み会は、
仕事の延長だ」
その一言で、
空気が少し冷えた。
別の若手が言った。
「それ、
ちょっと古い考えです」
「……古い?」
「はい。
仕事は仕事、
プライベートはプライベートです」
ゴンゾウは黙った。
分かるようで、
分からない。
仕事の延長で人間関係を作る。
それが普通だった。
だが、
今は違うらしい。
「……強制はしない」
ゴンゾウは言った。
「来たい者だけ来い」
それで十分だと思った。
だが、
誰も動かなかった。
「……誰も来ないのか」
沈黙。
アコムが、
申し訳なさそうに言った。
「ゴンゾウさん、
行きたくないわけじゃないんです」
「……そうか」
「ただ、
“予定にない飲み会”がきついんです」
その言葉で、
ゴンゾウは止まった。
(……予定)
飲み会に、
予定が必要なのか。
昔は、
流れだった。
今は、
予約らしい。
その夜、
ゴンゾウは一人で店に入った。
「一人か」
店主が言う。
「……そうだ」
ビールを頼む。
一口飲む。
「……うまいな」
それは変わらない。
だが、
少し静かすぎた。
隣の席では、
若者たちが楽しそうに話している。
スマホを見せ合い、
笑っている。
(……あれも飲み会か)
形は違う。
だが、
やっていることは同じだ。
話して、
笑っている。
「……なるほどな」
ゴンゾウは理解した。
飲み会は消えたのではない。
形が変わっただけだ。
翌日。
「ゴンゾウさん、
すみませんでした」
アコムが言った。
「昨日、行けなくて」
「……問題ない」
ゴンゾウは少し考えて、言った。
「来週、
予定を決めて飲むか」
若手たちの表情が変わった。
「それなら行きます」
「自分も大丈夫です」
「時間わかれば」
ゴンゾウはうなずいた。
(……なるほど)
飲み会は、
流れではなく、
イベントになった。
それだけの違いだ。
帰り道、
ゴンゾウは思った。
昔のやり方が、
すべて正しいわけではない。
今のやり方が、
すべて間違っているわけでもない。
「……合わせるか」
それくらいが、
ちょうどいい。
だが一つだけ、
変えないことがある。
ビールは、
やはりうまい。
それだけは、
時代が変わっても変わらない。
(了)
