ゴンゾウ、喫茶店で神扱いされる

2026年03月17日

『鈴木ゴンゾウの日常』

――ゴンゾウ、喫茶店で神扱いされる

 鈴木ゴンゾウには、
長年通っている喫茶店があった。

 駅から少し離れた場所にある、
小さな店だ。

 看板は色あせ、
窓ガラスは少し曇っている。

 だが、
コーヒーはうまい。

 それだけで、
十分だった。

 ある日の昼、
若手のアコムが言った。

「ゴンゾウさん、
 おすすめの店とかあります?」

「……ある」

「どこですか?」

「喫茶店だ」

 アコムは少し笑った。

「チェーンじゃないですよね?」

「違う」

「それ、行きたいです」

 その日の夕方、
ゴンゾウは若手三人を連れて
店へ向かった。

 扉を開けると、
カラン、と鈴が鳴る。

「いらっしゃい」

 マスターは
七十歳くらいの男だった。

「……久しぶりだな」

「ゴンゾウさんか」

 それだけで通じる。

 若手はすでに
ざわついていた。

「え、
 この店ヤバくないですか」

「何がだ」

「雰囲気」

 店内は静かだった。

 木のテーブル。
 古いランプ。
 壁には、
色の抜けたジャズのポスター。

 ゴンゾウにとっては
普通の店だった。

 席に座る。

「ゴンゾウさん、
 ここいつからあるんですか」

「……三十年はある」

「三十年!?」

 若手の一人が
店内を撮り始めた。

「ちょっと、
 それやめろ」

「いや、
 エモすぎます」

 またその言葉だ。

 マスターが
コーヒーを運んできた。

「今日は若いの連れてるな」

「……部下だ」

 若手はカップを持った。

 一口。

「うまっ」

「何だこれ」

「ヤバい」

 ゴンゾウは言った。

「……コーヒーだ」

 それ以外、
何でもない。

 だが若手は
興奮していた。

「砂糖の瓶が
 もうエモい」

「灰皿も」

「メニュー手書き!」

 ゴンゾウは
メニューを見た。

 確かに手書きだ。

 だが、
それは昔からだ。

「普通だ」

「いや普通じゃないです」

 若手の一人が言った。

「ゴンゾウさん、
 こういう店知ってるの
 ヤバいっす」

「……何がだ」

「文化人じゃないですか」

 ゴンゾウは
コーヒーを飲んだ。

 文化ではない。
 習慣だ。

 マスターが
ナポリタンを持ってきた。

 鉄板。

 湯気。

 赤いソース。

「これも写真撮っていいですか」

「……好きにしろ」

 若者は
真剣に撮影していた。

 その様子を見て、
マスターが笑った。

「ゴンゾウさん、
 今は流行りらしいな」

「……何がだ」

「こういう店」

 ゴンゾウは考えた。

 昔は、
どこにでもあった。

 今は、
珍しいらしい。

「ゴンゾウさん」

 アコムが言った。

「ここ、
 神店です」

「……店だ」

「いや神です」

 若手は
ナポリタンを食べながら言った。

「ゴンゾウさん、
 案内してくれて
 ありがとうございます」

 ゴンゾウは
少し困った。

 ただ来ただけだ。

 だが、
喜ばれている。

 それなら
悪くない。

 帰り道、
若手が言った。

「また連れてきてください」

「……気が向いたら」

 店の前で、
もう一度看板を見る。

 色あせた文字。

 昔は、
普通だった。

 今は、
特別らしい。

「……よく分からんな」

 だが、
コーヒーはうまい。

 それで十分だ。

 ゴンゾウは
明日もまた来るだろう。

 神店だろうと、
ただの店だろうと。

 どちらでも
変わらない。

(了)

あ