鈴木ゴンゾウの日常
2026年03月03日
――ゴンゾウ、マッチングアプリを業務として処理する
鈴木ゴンゾウがマッチングアプリを始めたのは、
恋をしたかったからではない。
「ゴンゾウさん、
今はアプリですよ」
若手の一言がきっかけだった。
「……何がだ」
「出会いです」
ゴンゾウは考えた。
出会いとは、偶然だ。
偶然は、管理できない。
管理できないものは、不安定だ。
「……アプリで管理できるのか」
「まあ、効率はいいです」
効率。
その言葉に、ゴンゾウは弱い。
その夜、
ゴンゾウは登録した。
プロフィール入力画面。
《自己紹介を書いてください》
ゴンゾウは、迷わなかった。
《鈴木ゴンゾウ
年齢:記載の通り
職業:安定
性格:責任感あり
趣味:掃除・洗濯・買い物
特記事項:大きな問題なし》
送信。
(……正確だ)
翌日、
通知が来た。
《〇〇さんがあなたに“いいね”しました》
ゴンゾウは分析した。
(……興味を示している)
だが、
次の画面で止まった。
《メッセージを送ってください》
ゴンゾウは、
業務メールを書くときの姿勢になった。
《はじめまして。
この度はご興味を示していただき、ありがとうございます。
今後のやり取りについて、日程調整可能です。》
送信。
既読はついた。
返事は来なかった。
(……返信率が低いな)
翌日、別の通知。
《マッチしました!》
ゴンゾウは、
即座に返信した。
《マッチ成立を確認しました。
初回面談の候補日を提示します。
①土曜午後
②日曜午前》
三時間後、
返信が来た。
《なんか仕事みたいで怖いです》
ゴンゾウは、
本気で困惑した。
(……これは仕事ではないのか)
アコムに相談した。
「ゴンゾウさん、
それはデートです」
「違うのか?」
「違います」
「目的は同じだろう。
相性確認だ」
「言い方が面接なんですよ」
ゴンゾウは、
言い回しを修正した。
《お時間が合えば、
お茶でもいかがでしょうか。》
送信。
返信。
《お茶は好きです😊》
絵文字。
(……これは感情表現か)
ゴンゾウは真面目に返信した。
《了解しました😊》
絵文字を付けた。
だが、
位置を間違えた。
《了解しました😊。》
句点の後に絵文字。
それが、
微妙に怖かったらしい。
既読。
返信なし。
ゴンゾウは分析した。
・情報は正確
・日程は明確
・言葉は丁寧
にもかかわらず、
成果が出ない。
「……なぜだ」
アコムは言った。
「ゴンゾウさん、
恋は成果じゃないです」
「……非効率だな」
「そういうものです」
数日後、
一人と実際に会うことになった。
カフェ。
ゴンゾウは五分前に到着。
席を確保。
メニューを確認。
「はじめまして」
相手は、
少し緊張していた。
「はじめまして」
沈黙。
ゴンゾウは切り出した。
「まず、
将来的な方向性について」
「え?」
「結婚観です」
相手は水を飲んだ。
「……あの」
「はい」
「面接ですか?」
ゴンゾウは、
初めて気づいた。
(……これは業務ではない)
カフェの空気は、
柔らかい。
だが自分だけ、
スーツのままだった。
「……すまない」
その一言で、
空気が少し戻った。
帰り道、
ゴンゾウは考えた。
マッチングアプリは、
管理できるが、
感情は管理できない。
効率は上がる。
だが、
心は効率で動かない。
「……非合理だ」
だが、
完全に否定はできなかった。
家に帰り、
アプリを閉じる。
アンインストールはしない。
「……保留だ」
それくらいが、
ちょうどよかった。
(了)
