ゴンゾウ、若者言葉を正確に使う

2026年02月24日

――ゴンゾウ、若者言葉を正確に使う

 鈴木ゴンゾウは、
自分が時代に遅れているとは思っていなかった。

 ただ、
知らない単語が増えてきただけだ。

 それが問題だった。

 ある日の昼休み、
若手たちの会話が耳に入った。

「それマジやばくない?」
「エグいっすよね」
「普通に神」

 ゴンゾウは箸を止めた。

(……やばいのか、神なのか)

 どちらなのか分からない。

 だが、
全員うなずいている。

 つまり、
理解しているのだ。

(……理解しよう)

 その夜、
ゴンゾウはネットで検索した。

《やばい:
 状況により良い意味にも悪い意味にもなる》

《エグい:
 想像を超えている状態》

《神:
 非常に優れている》

「……曖昧だ」

 だが、
使い方は分かった。

 翌日、
ゴンゾウは実践した。

 会議で、若手の提案に対して。

「それは……エグいな」

 会議が止まった。

「え?」
「……想像を超えている」

「いや、ありがとうございます」

 若手は困惑していた。

 ゴンゾウは続けた。

「この資料、
 普通に神だ」

 空気が、
一段階冷えた。

 アコムが小声で言う。

「ゴンゾウさん……
 それ、ちょっと……」

「間違っているか?」
「間違ってないですけど、
 怖いです」

「……なぜだ」

 ゴンゾウは本気だった。

 言葉の意味は合っている。
 タイミングも合っている。
 理論的に、正しい。

 だが、
何かがズレているらしい。

 午後、
さらに挑戦した。

「その案件、
 マジでやばいな」

 若手が凍った。

「え、ダメですか?」
「いや……ダメでは……」

 ゴンゾウは分析した。

(イントネーションか?)

 次は少し柔らかく。

「やばいねぇ」

 余計に怖かった。

「ゴンゾウさん、
 無理してますよね?」

「無理はしていない。
 適応している」

 アコムが言った。

「若者言葉って、
 “意味”じゃなくて“空気”なんです」

「……空気?」

「はい。
 ノリというか、
 温度というか」

 ゴンゾウは考えた。

 昭和の言葉は、
意味が先だった。

 今は、
空気が先らしい。

「……難しいな」

 その日の帰り、
コンビニでレジの若い店員に言った。

「この肉まん、
 エグいな」

「え?」

「……いや、温かい」

 店員は警戒した。

 ゴンゾウは悟った。

(……言葉は武器だ)

 使い方を誤れば、
攻撃になる。

 だが、
若者言葉は武器ではない。
 合図なのだ。

 翌日、
ゴンゾウは若手に言った。

「昨日の提案、
 良かった」

 それだけ。

 若手は笑った。

「ありがとうございます」

 空気は、
凍らなかった。

 昼休み、
若手が言った。

「ゴンゾウさん、
 そのジャケット、ちょっとエモいっす」

「……エモい?」

「なんか、味があるっていうか」

 ゴンゾウは少し考えた。

「……それは、
 褒め言葉か」

「はい」

「……そうか」

 ゴンゾウは小さくうなずいた。

 若者言葉を、
無理に使わなくてもいい。

 分からないなら、
聞けばいい。

「……エモい、とは何だ?」

 若手が説明を始める。

 ゴンゾウは真面目に聞いた。

 それだけで、
空気は温かかった。

 帰り道、
ゴンゾウは思う。

 時代は変わる。
 言葉も変わる。

 だが、
真面目に聞くことだけは、
 変わらない。

「……それは、普通に神だな」

 誰もいない道で、
小さく呟いた。

 自分にだけ、
ちょうどよかった。

(了)

 

 

1